「あ。もう、こんな時間か……。
母、ちょっとお兄ちゃんを
起こしてくるね」
洗い物の手を止めて、
次男の次郎ちんに声をかけました。
長男太郎ちんは、
機嫌がどうのこうのではないけど、
寝起きが悪いタイプで、
さくっと起きられないんです。
いつも通り、
階段の電気を点けて、
とんとんと2階に上がり、
いつも通り、
太郎ちんの部屋のドアを
こんこんこんとノックして、
いつも通り、
壁にある部屋の証明スイッチを
ぷつっと押しました。
え。
いつから真っ暗な部屋の中で
座っていたのでしょう。
ベッドの布団に脚を
突っ込んだまんま、
呆然とする太郎ちんが、
どこを見つめるでもなく、
かっと、
目を見開いておりました。
「あ。
起きてたんやあ。
おはよう、太郎ちん。
……どうかした?
どこかしんどいの?」
雨戸を開けて、
外の風を入れながら、
訊いてみましたら、
「……あかん。
怖い夢を見た。
めっちゃ金持ちのめっちゃブスに
迫られてる夢や……」
「お、おおおお?」
「俺、お酒弱いのに、
ひたすら飲まされて」
「お、おおおおお?」
「自分名義のビルとか、
幾つも持ってるような女の子で……
≪仲良くなれたら
美味しいかも?≫
とか、
≪この子と結婚したら、
安泰やん!≫
とか、
≪何で……何で……
そんなにブスやねん≫
とか、
心の中で考えてるゲスな俺が、
その女の子に、
強引にタクシーに乗せられる所で
目が覚めた……」
夢の余韻から逃れるように、
首を横に振る太郎ちん。
わたしは、
「お、おおおおお……
お疲れさま」
と、
何を言えば良いのか分からず、
何故か、労いの言葉を放ちました。
そこへ、
「兄ちゃん、起きたーーーん?」
次郎ちんが、
間延びした声を出して
階段を上がって来て、
扉の向こうから、ぴこんと
顔を出しました。
「兄ちゃん、おはよう。
あれ?どうしたん?
何かあったん?」
太郎ちんは、
いつもと違う空気感に
戸惑う弟に尋ねました。
「次郎。
お前……
めっちゃブスなお金持ちの
女の子に迫られたらどうする?」
すると次郎ちんは、
神妙な面持ちで
5秒ほど沈黙してから、
「兄ちゃん、ごめん。
俺……、
『女の子に迫られる自分』が
全く想像出来へんかった」
申し訳なさそうに、
言いました。
≪怖い夢より、
夢のない話の方が怖いな≫
視線を移すと、
わたしと同じタイミングで、
ごくりと唾を飲む、
太郎ちんと目が合いました。

本日の合言葉
「夢」

心に残ったもの
「ルーティンのままに」
「あと2分で逢えなかった人」
「やはり『輝き』」
「名残惜しさ」